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藤井淳志選手引退特設ページ

藤井選手は大学・社会人ドラフトで3巡目指名を受けNTT西日本から2006年にドラゴンズへ入団。
ルーキーイヤーのシーズン開幕戦、2番センターでスタメン出場を果たし、開幕2戦目でプロ初安打を記録。スイッチヒッターに転向し、4年目の2009年には114試合に出場、規定打席にあと一歩届かなかったものの120安打、10本塁打、打率.299を記録します。

最も印象に残っているのは生まれ故郷豊橋での大活躍、14年8月5日の広島戦では延長11回裏にライトスタンドへサヨナラ本塁打を放ち、翌15年5月20日の広島戦では自身の誕生日に逆転3ランを放つなど2年連続で活躍。

2017年9月24日の本拠地最終戦、森野将彦選手の現役最後となった試合で、9回裏にサヨナラ打を放つなど、ここぞの場面で決める勝負強い打撃でファンを魅了した藤井淳志選手、16年のプロ野球人生に幕をおろしました。

通算成績は634安打、45本塁打、273打点、打率2割6分2厘

GAMEゲーム

藤井淳志選手のラストゲーム、10月13日のバンテリンドームでの東京ヤクルトスワローズ戦、1番ライトでスタメン出場となりました。

打席ではスワローズ・サイスニード投手と対戦し最後の打席は見逃し三振に。
ベンチ前で堂上選手から花束を受け取り、ファンの声援に一礼しベンチへ引き上げ16年の現役生活に幕を下ろしました。

CEREMONYセレモニー

藤井淳志選手 引退セレモニーあいさつ

本日、このような素晴らしい舞台を用意していただいた中日ドラゴンズ関係者の皆さま、大事な試合にも関わらず、この引退試合の相手をしてくださったヤクルトの関係者の方々、そしてファンの皆さま、お世話になったたくさんの方々に心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。

父親にあこがれ、兄の背中を追い、小学校一年生から始めた野球。プレーヤーとしての野球に今日でピリオドを打ちます。
33年という長い間、何の迷いもなく野球に取り組めたことが本当に幸せなことだと、今はつくづく思います。

デッドボールに始まり、見逃し三振に終わった16年間でしたが、中身は濃かったような気がします。
幸せな野球人生を送れたのも、支えてくれた家族や周りの方々のおかげだと思っています。
本当は今日の試合で気持ちよくかっこよく、涙涙をしたかったんですが、笑顔で終わりたいですという、引退会見がこういう笑顔の形になるとは思ってませんでしたが、後輩たちが最後までやっぱり笑わしてもらいましたと、まあそれが僕のプロ野球人生を表した言葉なのかなと。自分らしくという言葉はよく言われますが、色々うまくいかなかったことが多かった気がします。
でも今こうやって引退のセレモニーをしていただけるほど長い間、ドラゴンズのユニホームを着れたということは、本当に僕の誇りです。
これから新しい選手がどんどんどんどん出てくる楽しみなチームだと思うので、ぜひ今日会場に来ていただいたファンの皆さま、今日は来られなかったけど応援してくださっているファンの皆さま、これからの中日ドラゴンズに本当に楽しみな気持ちを持って、温かい声援を送っていただけたらなと思います。

16年という長いようで短いプロ野球生活でしたが、本当にすべての方に感謝の思いでいっぱいです。
今日、中日ドラゴンズ藤井淳志は卒業しますが、ユニホームを脱いで次の人生、今まで以上に人に誇れるように頑張っていこうと思います。ここまで支えてくれた皆さま、本当にありがとうございました。

INTERVIEWインタビュー

9月29日に今シーズンでの引退を表明した藤井淳志選手の引退会見が本日(10月5日)バンテリンドームナゴヤで行われました。

藤井淳志選手のコメント

今シーズンで16年のプロ野球生活を引退することになりました。
この16年間支えてくださったチームの関係者、裏方の方、そして温かい声援を送り続けてくれたファンの方には感謝でいっぱいです。
長いようで短かった16年間でしたが本当にありがとうございました。

引退に至った経緯は

2年契約を結んでいただいて、去年今年とプレーしていく中で、自分が動ける動けないということはあまり考慮せず、年齢を含め、チームの若い選手たちを考え、この2年でどういう状況に自分がいたかを考えて、ゆっくりと気持ちの準備はしていた感じです。
引退をするという時に、どうしようかという感じの相談をしようとは思わなかった。自分でゆっくり時間をかけて納得するとかではなく、現実として受け入れていこうという感じで引退に至りました。
この世界に入って思い描いたものと違ったことが多々ありましたし、引退の時にもっとやれたのにという気持ちが出ると聞きますが、やっぱり僕も同じでした。
もっとああしたら、こうしたら、特に落合監督の時に僕がいろんな意味で素直にというか、大人だったら、あの時に一皮むけていればと、今となっては思う所があります。

運命的に出会いを感じた監督は

僕が入団した時に落合監督だったので、この世界に入るきっかけになった方です。
あとは一番僕を輝かせてくれた方は森監督と思っています、僕が一番期待に応えられたのが森監督だったのかもしれない。
他の監督の時はこうなってほしい、ああなってほしい、こういう結果を出してほしいと思ってもらっていることに応えられてなくて、自分も歯がゆい、情けない思いをしながらプレーしてきた。
自分の中で仕事ができて、それに応えることができたのが森さんだったかなと思います。

最後の2年はどんな思い

普段接する機会のなかった若い選手と過ごす時間が長くて、若い選手たちが頑張っている姿とか、アドバイスを求められた時にきちんと対応したり、今まではプレイヤーなので、引退するまではプレイヤーですが、この2年間というのは自分がもっと早く気づいていれば、知っていればという思い、いろいろなことを経験したからこそという物、長くやっていれば若い時に気づいていればどんなに違うのかなと思うことがあったので、そういうものを若い選手に伝えることができたかなと思います。
今まではプレイヤーとして二軍にいる、一軍に自分以外の人が上がることに対しては悔しさしかなかった、でもこの3年間は、頑張っている選手、一皮むけそうでむけないけど、きっかけになったかなと思う選手が「明日から一軍に行ってきます」と言った時に悔しいというのがなく、頑張ってこいという思いがあった。
中堅の選手が二軍に来て、いろいろ話して、また一軍に呼ばれた時は本当に頑張ってこいという思いで言葉をかけたり、そういうふうになったということは、僕自身が選手としての舞台からゆっくり降りていたのかもしれない。この3年間はそれまでの13年とは違う3年間を過ごしたのかな。

豊橋のファンへ思うことは

ずっと豊橋で結果が出なくて、初めてのヒットがサヨナラホームランで、その次が逆転3ランとたまたま重なって、豊橋ですごく活躍していると言ってもらっていますが、そんなのではないです。
だけど間違いなく言えるのは僕の成績がそんなのではなくても、いろんな球場に行きましたが、一番声援を送ってくれたのは豊橋市民球場と今でも感じます。
球場全体が自分の味方でいてくれる、本当の地元で試合ができるというのはなかなかないこと、それがわかっている中で、地元の少年野球で使った球場で試合ができて、皆が応援に来てくれて本当に幸せだった。

強き時代を知る選手がまたチームを去ることに

当時の先輩たちに勝たせてもらっている中に一緒にいさせてもらった、自分が勝ちに貢献したんだと言うわけではない。
強いドラゴンズを知るみたいではなく、強いドラゴンズについていっていただけという感じ、あまりその言い回しはしっくりこないです。

後輩たちに託したい思い

今の中日の若い選手は皆さんが思う以上に可能性を秘めた選手が多い、いい空気を作って、若い選手たち、厳しさも必要ですが、厳しさの中に楽しさ、明るさがあって若い子たちが能力を発揮できるようなチーム環境を、ベテラン、中堅の選手で作ることによって、若い選手が伸びてきたら楽しみだし、強くなると思う。

最後にどんな姿を見せたい

寂しそうな姿じゃなく、藤井淳志らしいと思われるユニホーム姿でいたい。
笑えるといいな、ユニホーム最後のあいさつをしたらグッとくるかもしれない。
今は笑ってというか、能天気な明るさのままでいたい。

PROFILEプロフィール

年度別打撃成績

SCROLL




























2006 中日 40 41 10 6 2 0 0 8 0 1 1 2 0 1 7 0 12 .146
2007 中日 76 64 14 13 3 0 1 19 5 7 2 4 1 2 19 0 23 .203
2008 中日 40 35 10 6 1 0 2 13 2 2 1 3 0 1 9 0 8 .171
2009 中日 114 401 50 120 26 1 10 178 49 15 1 11 2 24 79 4 90 .299
2010 中日 63 166 17 39 6 3 1 54 8 3 1 9 1 8 38 1 30 .235
2011 中日 20 50 7 12 2 0 0 14 3 1 0 5 0 3 13 1 7 .240
2012 中日 54 56 5 11 2 0 0 13 3 1 1 1 1 4 13 1 21 .196
2013 中日 108 238 27 72 10 0 6 100 19 5 2 2 3 16 53 4 65 .303
2014 中日 88 266 35 73 13 3 6 110 36 2 2 6 2 26 55 2 78 .274
2015 中日 118 275 28 81 9 3 6 114 45 3 0 11 4 25 69 4 79 .295
2016 中日 87 167 15 36 5 1 3 52 19 0 0 6 2 12 45 3 30 .216
2017 中日 128 374 29 99 18 3 6 141 42 5 6 6 2 26 96 6 89 .265
2018 中日 96 145 21 35 8 0 3 52 30 0 0 0 5 12 36 1 30 .241
2019 中日 61 141 12 31 8 1 1 44 12 1 0 0 1 12 33 3 26 .220
2021 中日 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
通算 16年 1094 2420 280 634 113 15 45 912 273 46 17 66 24 172 566 30 588 .262

HISTORY軌跡

2005

ドラフト3巡目指名を受けNTT西日本からドラゴンズへ入団

2006

4月1日 初安打

2007

5月25日 初打点

5月27日 初本塁打

2009

キャリアハイ記録

2012

7月8日 初のサヨナラ

2014

8月5日 サヨナラ本塁打(豊橋)

2015

5月20日 自身誕生日の3ラン本塁打(豊橋)

2017

9月24日 森野将彦さんの引退試合でサヨナラ安打