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長嶋さんが愛したアワビそば。記者席に悲鳴が上がったW白米弁当

2021/5/17

コロナ禍で外食の機会もめっきり減ったきょうこの頃。大きなリュックを背に自転車で走る若者をよく見かけます。自粛、自粛のご時世で、再注目されているのが日本古来の「出前」かもしれません。そういえば、昔は各球場とも名物の出前メシが選手や関係者、そして我々記者の胃袋を満たしてくれたものでした。

ナゴヤ球場の近くにある『竜』=名古屋市中川区

ナゴヤ球場なら『山田家(やまだや)』のシャケ弁に『竜』のラーメン。ドラゴンズが大洋とのダブルヘッダーに連勝し、20年ぶりのリーグ優勝を決めた1974年。第1試合と第2試合の合間にナインに配られたのが、濃いめの塩味が食欲をそそるシャケ弁だったそうです。

後楽園なら、あの長嶋さんも愛した『新三陽』のアワビそば。フカヒレそばとともに、ちょっとぜいたくな味が記者席でも人気でした。

でも、やっぱり出前で忘れられないのは『甲子園シミズ』。プロ野球だけでなく高校野球取材でもお世話になりました。阪神甲子園駅から球場に向かう道沿いには多くの食堂・土産物店が軒を並べていたものでした。その中でも1948年創業の老舗店が『甲子園シミズ』です。

名物はすき焼き風に煮た牛肉、野菜にパカッと割った卵が入った「別玉(べったま)」と「おでん弁当」。どちらも茶色のプラスチック容器で、おかずと白米の二段重ね。それこそ試合のある日は、大変な量の注文をさばいていたことでしょう。

配達してくれるのはバイトの女学生たち。ときには失敗もあります。「やっと来たぁ!」とフタを開ければ、湯気の上る白米。ワクワクしながら、もう一方をのぞけば…。エッ?!「オーイ、上も下も米や!どっかに上も下もおでんの奴おるから探してきてくれ!!」。記者席に、こんな悲鳴が上がることも。

この『甲子園シミズ』も球場前の再整備に伴い2006年、59年の歴史に幕を閉じました。私も両方白米どころか、片方が空っぽの弁当箱を開けたことがあります。でも、それも含め懐かしい思い出です。

館林 誠(たてばやし・まこと)
兵庫県出身。スポーツ記者として主にプロ野球を担当。1991年から2000年まで中日スポーツでドラ番。プロ野球デスク、中日スポーツ報道部長を歴任し、現在は中日ドラゴンズ公式ファンクラブ事務局長。