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野球は筋書きのないドラマ。舞台裏では、ちょっとしたコメディーも…

2021/4/19

練習前に記者に囲まれる与田監督。コロナ禍の今、こんなシーンが戻るのはいつ?(2019年7月撮影)

延長なしの9回打ち切りなど、特別ルールで始まった今年のプロ野球。このコロナ禍で変わったところはほかにもあります。たとえば番記者たちの動き。9回、最後の攻撃が始まれば、記者席は取材の準備に走る記者たちで慌ただしくなるもの、でした。

でもコロナで取材制限のある今は、試合後に対面取材ができるのは監督など一部のみ。多くの記者は、記者席に腰を下ろしたままリモート取材に備えます。グラウンドで過去に数々の劇的ドラマが生まれてきた最終回の攻防。かつては、その裏で記者たちがおりなすドラマもありました。中には、ちょっとしたコメディーも…。

某スポーツ紙のK記者が赤ヘル番時代の東京ドームでの巨人戦。試合は両軍無得点のまま延長戦に突入。すると、広島打者の打球が右翼席に一直線。「やった!勝った!」と思ったK記者も三塁ベンチに一直線。ところが一瞬のお祭り騒ぎのあと、何ごともなかったように試合は再開。だって、サヨナラ弾じゃないんですから。茫然とベンチ内に立ち尽くすK記者が、関係者につまみ出されたのは言うまでもありません。

あの星野監督がバットを振り上げ、目の前に現れたら?こんな恐怖体験をしたのは、別のスポーツ紙のドラ番M記者。甲子園での阪神戦は中日リードで9回の守り。甲子園は最後の攻撃が2死になれば、記者がベンチ裏通路まで入れるのがルールです。

2死まで見届けてM記者と私はベンチ裏へ。ところが中日の抑え投手が、あと1つのアウトが取れず、たちまち同点。私はデスクとの打ち合わせ変更のため再び外に。一人残ったのはM記者。そこに鬼の形相の星野さん。目が合ったそうですが、振り上げたバットは、もう止まりません。ガシャン!ベンチ裏の灰皿が犠牲になったそうです。

そんな笑い話(本人たちにとっては、笑いごとじゃないそうですが…)も、コロナ禍の制限取材では聞かなくなりました。寂しい限りです。

館林 誠(たてばやし・まこと)
兵庫県出身。スポーツ記者として主にプロ野球を担当。1991年から2000年まで中日スポーツでドラ番。プロ野球デスク、中日スポーツ報道部長を歴任し、現在は中日ドラゴンズ公式ファンクラブ事務局長。